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赤漆塗提灯形兜(あかうるしぬり ちょうちんなり かぶと)
最終更新日:2014年01月31日
赤漆塗 提灯形 兜(あかうるしぬり ちょうちんなり かぶと)
備具足(そなえぐそく)と呼ばれ、足軽(あしがる)に貸与された軽便な甲冑(かっちゅう)で、兜または陣笠(じんがさ)・胴・籠手(こて)・臑当(すねあて)で1セットとなります。
この兜の材質は鉄板ですが、提灯のようにたためることができ、運搬や収納に大変便利であることから、この兜は備具足の兜と思われます。
正面より
正面から見た兜です。
「足軽」という名称は平安時代末期頃より見られますが、兵士というより従者としての性格が強かったと考えられています。
左側です
上部の鉢の下に6段の鉄板が取付けられています。幅は3.5cmです。
足軽は 戦時のみに徴兵された臨時募集要員に近い身分でした。
右側です
天下人にまで出世した豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)も、最初はこのような兜をかぶっていたのでしょうか。
背面です
室町時代中期以降(15世紀)に入ると、足軽は次第に組織化され、戦闘集団の主力となります。そして、足軽隊の上司には足軽小頭・足軽頭・足軽大将といった役職がありました。
上から見ます
上から見ています。写真上が正面です。
戦闘員以外の足軽には、法螺貝吹(ほらがいふき) 足軽・旗持ち足軽・馬験(うまじるし)持ち足軽・馬取り足軽・小荷駄(こにだ)足軽など種々様々な役目がありました。
たたんだ状態です
提灯(ちょうちん) のようにたためる兜です。写真上が正面です。
足軽には、身分や役職に応じて雇い主(城主)から備具足が貸与されました。
貸す側からは「御貸具足(おかしぐそく)」 、借りる側からは「御借具足(おかりぐそく)」と呼ばれましたが、一般には“足軽具足”や“雑兵(ぞうひょう)具足”などとも呼ばれました。
裏側です。 たたんだ状態を裏側から見た状態です。頭にかぶる鉢径は18.2cm、深さ5.2cmあります。写真上が正面です。
写真下が正面です。
写真下が正面です。
これぞ提灯形兜です
きれいに収まった状態です。
小幡(おばた)氏も赤漆塗の備具足を足軽達に貸与して、小幡赤備(あかぞなえ)軍団の要員としたことでしょう。
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