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■新聞記事から

1500年前の「曲物(まげもの)」出土 甘楽で県埋蔵文調査事業団 
古代人の生活容器ほぼ完全な形で 樹皮製、全国2例目

(1996,12,08上毛新聞社会)

 上信越道建設に伴う発掘調査で、甘楽町の白倉下原・天引向原遺跡から見つかった木製容器二点の保存作業を進めていた県埋蔵文化財調査事業団は七日までに、容器が六世紀前半の古墳時代後期(約千五百年前)に樹皮で作られた曲物(まげもの)と確認した。古墳時代の樹皮製の曲物が発見されたのは全国二例目。今回の二点のうち、一点は草の茎で縫って結合したとみられる底板、側板が残っており、ほぼ原型をとどめていることも判明。同事業団は「曲物が生活容器として一般化する以前の全体構造を知る上で貴重な資料」と話している。
 同事業団によると、出土した曲物は二点とも直径三十八センチ、高さ十センチの円筒形。厚さ四ミリ前後の樹皮で底板、側板が作られ、それぞれ二十八カ所に小さな穴を開け、草の茎とみられる直径約三ミリの一本の紐(ひも)で器用に縫い合わせ、底板と円形に曲げた側板を結合していることが分かった。
 曲物など古代の木製品に詳しい山田昌久・東京都立大助教授は「古墳時代の樹皮製の曲物は五所四反田遺跡(千葉県市原市)以来の発見。縄文時代から曲物があったことは分かっているが、樹木の皮を使ったのは珍しく、大きな特徴」と指摘。その上で、弥生時代以降、針葉樹の薄板を使った曲物の出土例が多く、曲物の製作技術が薄板製と樹皮製の「二系統あったのではないか」とみる。
 西日本で出土した曲物はヒノキなどの薄板で作られた底板しか残っていないケースが目立ち、同事業団は「粘土層から出土したため、腐らずに残ったようだ。(古代の)曲物の構造が分かるものは出土例が少なく、今回の発見で材料やとじ方がはっきりした」と言う。
 曲物は奈良時代以降に定型化、一般化し、簡単に作れて軽いことから、江戸時代に桶(おけ)が登場するまで最も多用された収納容器。現在も、松を使って手作業で作られている六合村特産の弁当箱「メンパ」や「曲げわっぱ」は曲物の一種。同村では「メンパ」が昭和時代まで日常の弁当箱などとして多く使われていたらしい。
 同遺跡は一九九一年八月まで調査された複合遺跡。木製容器は六十九基見つかった粘土採掘坑(深さ一―一・五メートル)から出土し、一緒に発見された土器から六世紀前半のものと断定された。その後、一連の上信越道建設に伴う発掘調査の整理・保存作業で、同事業団が民間調査研究会社に鑑定依頼し、材質などの分析を進めていた。


(c) JOMO SHINBUN 記事提供 上毛新聞社 禁転載

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