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射御奥義口伝書
最終更新日:2013年10月26日
射御奥義口伝書(甘楽町指定重要文化財)
甘楽町大字福島の本郷家の口伝書(くでんしょ)です。昭和42年(1967)5月5日に指定されました。
小笠原流の弓法並びに法度書(はっとしょ)の奥儀(武術等で一番重要な事柄)口伝で、
『射御奥義口伝書』(しゃぎょおくぎくでんしょ)と呼んでいます。
小笠原流は、室町時代に小笠原長秀(ながひで)が始めたもので、礼儀作法の一流派です。弓術・馬術の一派でもあります。
軸装されています
この古記録は、本郷家の遠祖と伝えられる本郷儀右衛門高吉(ぎうえもん たかきち)が、天正年間(1573~1592)に書き残した口伝書です。
本郷家は代々京都に住し、高吉も京都で小笠原流の秘伝を須藤石見守成繁(すどう いわみのかみ なりしげ)より伝授されました。織田氏が当小幡に入封(にゅうほう)する際に同行して来たといわれています。
奥義口伝の数は22巻に及んでいます。
現在は軸装されています。
羿養射衛法度書(げいようしゃえいはっとしょ)
最初に「小笠原流」と書かれ、羿養射衛法度書と題目が見られます。 あとは作法の細々とした内容になります。
小笠原流は「かたくるしい礼儀作法」が特徴ですが、当時の武士達は一所懸命習ったことと思われます。「出来て当たり前、出来ない者は恥(はじ)」でしたから、恥じて切腹する武士もいたといわれます。
紙質と軸紙が違うため、新たに軸装しています。
同上のものです
同上の内容です。一(ひとつ)○○。一(ひとつ)○○。というように作法が書かれています。
同上です
紙の幅は17cm、長さは515cmもあります。5メートルにもわたり細々とした作法内容がビッシリ書かれています。
同上の末尾です
ピントがずれた写真で申し訳ありません。
羿養射衛法度書の末尾です。最後から4行目に天正13年の年号があり、「小笠原流 従 須藤石見守以相伝」、最後に「本郷儀右衛門高吉」と書かれています。
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